がんサバイバーの回顧録と日常

アラフィフになってからの悩みだったり、どこにでもある普通の日常の話のブログです。

昔みたいな姉妹には戻れない(多分)

こんばんは~。

昨夜は姉からの謎のLINEが届き、やっぱり姉は普通じゃないなと感じました。

 

姉と私は8歳違い(学年は7コ違いです)だったので、小さい時に一緒に遊んだ記憶はありません。

だけど、小学校高学年くらいになった頃から、時々二人で近くの街のショッピングセンターに買い物に出掛けたり、洋服を共用で使ったり、漫画や雑誌やCDの貸し借りをしたりと、姉とは仲が良かったと思います。

 

中学校の時には、ディズニーランドに連れて行ってくれたり(親のお金ですが)、私が高校に合格した時はCDラジカセをプレゼントしてくれたり、高校の時に就職試験を受けに大阪に行った時も、姉が会社の近くまで連れて行ってくれました。

ちなみに、就職試験の時に会社まで付き添ってくれたんですが、

数十年経って、父の葬式の前夜に姉から

パピヨンママの就職の時にお父ちゃんから付き添って欲しいって言われて...なんで私が?って思った。わざわざ有給休暇使って連れて行ったし...』と言われました。

とはいえ、旅費は全て父が出してたし姉は当時「旅行に行けてラッキー」ぐらいにしか思ってなかったと思います。

ちなみに父の葬式の前夜は、他にも色々と私に対しての悪態がすごかったです。

 

その後、働きだしてからも長野にスキーツアー、倉敷、東京と旅行に行ったり...

今では懐かしい良い思い出です。

 

お互いが同じ位の時期に結婚したので、お互いに毎月数千円ずつ積立して、いつか旅行に行こう!と、姉の口座で積み立てを始めましたが一年も経たないうちに立ち消えました。そのお金もそのまま姉の物になりました。

今思えば、姉は結婚当初からお金に困っていたのかも...

姉の旦那さんは、姉より6歳下です。

収入が少ないのに見栄っ張りです。

 

姉が今の旦那さん(姉は二回目)と結婚してから、お金の事や、義母(姉の義母は最悪な人です)の事などで、神経をすり減らしていたんだと思います。

 

それでも、20年程前(30歳の時ぐらい)までは、帰省する時には姉に連絡を入れてたし普通に話も出来ていました。

それが、段々と帰省する時に姉に連絡をしなくなりました。

それでも、お正月は甥っ子たちにお年玉だったり、入学祝、卒業祝などを渡しています。姉からはお礼の言葉もなし...

多分、姉の感覚だとお年玉やお祝いを貰ったのは子供たちなので、本人がお礼を言えばいいと思っています。とはいえ、思春期の男の子が上手にお礼なんて言えるわけがありません。

 

うちは子供もいないし、あげるばかりで貰う事はありません。

せめて、姉から『いつも貰ってばかりでごめんね』などの、一言があればまた違ったかもしれません。

お礼を言って欲しくて、あげている訳ではないけれど何もないのは寂しいです。

 

父が生きている時も、お正月に二回程姉から攻撃を受けました。

色々あって当たるところが欲しかったのかもしれませんが、大人になってお互いが家庭を持つと、子供の頃のような家族ではなく、『家族に近い親戚』のイメージなので、喧嘩したからといって、子供の頃のように簡単には許せなくなっています。

 

今は、私と姉の関係も母が生きている間なのかなと...

冷たいようですが、そんな風に感じています。

 

姉妹で仲良く旅行なんて夢見ていましたが多分無理です。

 

私も、色々と攻撃を受けて心から許せるほどの度量がありません。