がんサバイバーの回顧録と日常

人生100年時代!まだまだこれからですぞ!

マニアック過ぎでしょ!

私の実家は両親二人暮らしでしたが、二人共片付けられない人です。田舎の家なので無駄に大きくて母屋のほかに離れもあるし、車庫兼倉庫もあるので不要品の一時保管場所には全く困らない家です。実際は一時保管が何年も放置されて、ホコリまみれになっています。

 

私が帰省した際はすぐにトイレ・お風呂・居間・仏間・客間の掃除をして自分の居場所を確保していました。そしてとにかく客間と仏間には物を置かないようにと厳重注意していました。

台所も物で溢れているので、基本的に足を踏み入れたくないんです。消費期限切れの物は沢山転がっています。台所はかなりの惨状....あまり言うと機嫌が悪くなるのでやんわりとです。

両親共各自自分の部屋があるんですが、母の部屋は3年前にリフォームした新しい部屋ですが、どうしようもない状態です。服が散乱しています。脱いだら畳んでタンスに仕舞うという作業が苦手です。母の片付けられないのは交通事故で脳を損傷した為の高次脳機能障害かなと思います。

 

そして父の部屋はありとあらゆる物で埋め尽くされています。

代表的な物は本です。部屋の壁の一面は作り付けの本棚になっていますが、そこには様々な種類の本が並んでいます。他にもベッドの周りや離れにも本があります。単行本などは時々BOOKOFFに売りに行っていたようですが、百科事典や写真集や○○全集のような本は買取不可のだったようで行き場に困っていました。本の数は2,000~3,000冊はあるかと思います。本は買取業者を探して査定に来てもらい引き取りが決定したので一安心です。ちなみに本はまじめな本からエロまでありとあらゆる種類です(>_<)

ちなみに子供の頃から、父と一緒に本屋へ行けばジャンルは問わず好きなだけ本を買って貰えました。私はもっぱらマンガや雑誌、漫画の単行本などでした。私は、花とゆめ、りぼん、ちゃお、なかよし、マーガレットとかですかね。

 

そして父はまだまだ色々な物をコレクションしていました。

腕時計は30本くらいありましたが、高価な物は一本もありませんでした。

テレホンカードも綺麗にファイルに収めてありました。

切手もかなり収集していました。

ネクタイも300本くらいありましたが、高価な物はありません。

マッチがダンボールに二箱くらい出て来ました。

旅行や出張の際の航空券や切符、観光施設や美術館の入場券の半券やパンフレットなど、これらは途中まではファイルに収めてありましたが、ダンボールに入れてあるものも沢山ありました。日本47都道府県全て行ってほとんどの有名な観光地は生き尽くした事が自慢でした。但し、高野山には行った事が無かったため15年程前からしきりに、私の家に泊まりに行ってから高野山に行きたいと言っていました。私も、父の夢を実現すべく何度か日程調整をして高野山の宿を予約するところまでたどり着いた事はありますが、お互いの予定が結局合わず行けませんでした。これは心残りです。

 

箸袋もコレクションファイルがありました。

 

その他は、本のしおり、本を購入した時に付いてくるカードサイズのミニカレンダー(表がタレントの写真になっているような物)

 

写真が趣味だったので(本格的なものではありません)旅行に行った時や日常の写真、宴会の時の写真等々が整理されずにダンボールや色々な所に置いてありました。特に鳥取大学の学生との交流会での写真は色々な若い女の子と楽しそうに写っています(>_<)

 

宝くじは若い頃から買い続けている、筋金入りの一獲千金の夢追い人です。

 

懸賞マニアでハガキでの応募専門でした。

 

新聞の切り抜きはもちろんですが、新聞への投稿もしていたようで、投稿の控えや実際に掲載された物もあったみたいです。

 

とにかくメモ魔だったようで、手帳やメモ帳などが沢山出て来ました。それ以外にも10年日記や5年日記が約30年分くらい出て来ました。

2019年のまとめの所は、『6月頃から体力が落ちてきた....このまま寝たきりにならなければいいが…妻と二人の娘に迷惑を掛けないように自分の事は自分で!である。』2020年のまとめの所は、『今年はコロナで終わった一年、自分の事は自分で出来るようにである』というような事が書かれていました。実際に最後まで自分の事は自分で出来たので、これは良かったんじゃないかな....

 

ちょっと感心したのが、昭和40年結婚してから平成16年までの色々な事がまとめられたファイルが出て来ました。多分なんですが、平成16年に退職後に時間に余裕が出来た時にまとめたんじゃないかなと… 内容は昭和○○年〇月長女〇子誕生 昭和○○年〇月 職場慰安旅行 〇泊〇日 旅行の日程表、誰と行ったか等が細かく書いてあります。

これがパソコンで作成されていました。その後の平成16年~令和3年までのまとめファイルは作ってありませんでした(>_<)

 

後は父の父(私の祖父)は父が高校生の時に病気で亡くなったそうなんですが、自分の父の戦争時代の事を知りたかったようで、当時同じ部隊にいた方に手紙を出して調べていたようです。残念な事に父の知りたかった事は分からなかったようです。

私も自分のルーツみたいな事を聞いたりするのが好きです。両親の昔話とかね!

 

それから15年程前に東京都伝統工芸士の方で自分と同姓同名の方がいらっしゃるとかで、会いに行ったと聞いたことがあります。会った時の話は細かく聞いてはいませんが、お相手の方がきちんとした方で良かったです。この時の話はまた日記で確認してみようと思います。

 

こんな状態の部屋をせっせとお片付けしていました。母の部屋は散らかっているとはいえ、埃まみれという感じではありませんので、片付けようと思えばすぐに綺麗になりますが、父の部屋は色々な物で溢れているために片付けは大変でした。そもそも各自治体のゴミの分別ルールが違うので、ルールブックを見ながら作業を進めるのも大変でした。

何年か前に父にこんなに埃っぽい部屋にいるから身体が悪くなる!一度一緒に片付けようと言ったところ『早く死ねって言われるみたいで嫌だ』と言われたので、そのままにしていました。

 

とにかく物に溢れた部屋で生活していた訳です。

 

ちなみに父は就寝中に急性心不全になり亡くなりましたが、この同じ部屋で約20年前に祖母も同じ亡くなり方をしました。う~ん、この部屋はピンピンコロリ部屋なのか⁉

 

私が知っている父の人生の一部は平坦ではなかったと思いますが、その中でも自分の楽しみを見つけて前向きに生きてきたんだなと思います。もし私が父と同じ人生を歩めと言われたらちょっと遠慮しておきます。

 

心情は『余分な事は言わない』(余計な事は言わない)

但しここぞという時はパシッと言ってくれるので、頼りにはされていました。

 

ついつい余計な事を言ってトラブルになりがちな世の中....私も父を見習って『余分な事は言わない』を少しずつ取り入れたいなと思います。(難し~)