がんサバイバーの回顧録と日常

人生100年時代!まだまだこれからですぞ!

ドラマ 俺の家の話から思う事

『俺の家の話』長瀬智也さん最後のドラマ。介護の話や相続の話、家族の問題、お金の問題など、これから私たちが直面するであろう問題がてんこ盛り!おむつとかおしっこの介助や入浴介助、あとはお父さん(西田敏行さん)が介護認定のテストするところだったり、遺言書何通も書いたり、大切な物を人にあげたり、家族がお父さんの部屋片づけたらエッチな本が出てきたり、家族が物を取ったと被害妄想したり、実際の介護はこんな物じゃないんでしょうが色々と考えさせられました。

 

ネタバレなんですが、最後は息子の方が先に亡くなるんです。これはつらい....

 

実は私の兄も親より先に亡くなっているんです。兄が入院してから亡くなるまでの期間は一週間程。その間両親は毎日病院に行っていたそうです。入院当初は1・2週間で退院出来ると思っていたらしいんですが、みるみるうちに弱っていったそうです。

 

病名は急性膵炎でした。色々と精神の弱い人だったのでアルコールに頼る事があったみたいです。

兄が亡くなってから今年で5年経ちます。両親は最初はお葬式でちゃんと送って、次は初盆、最後は3回忌で役目を終えたと言っていました。せめてもの救いは一緒に住んでいなかったから亡くなったのは、寂しくてつらいけれど毎日一緒に暮らしていなかった分まだ耐えられると。

そういえば兄が入院してから父に『親父色々とありがとな!』と言ったそうです。父は兄がそんなことを言うなんてびっくりしたと。ちなみに亡くなる前日までは話が出来ていたみたいです。

 

実は兄と私は子供の頃はめちゃ仲良しでしたが、大人になってからは少しずつ関係が変わってきて亡くなる2年程前に喧嘩をしてからは全く話をしていませんでした。

姉とは7歳違いで兄とは5歳違い、子供の頃は兄とよく遊んでいました。兄もすごくかわいがってくれていたと思います。今思うと気持ち悪いけど子供の頃の私は『大人になったらお兄ちゃんと結婚する!』なんて言って親に怒られたりしてました。

 

大人になって兄も結婚して子供も出来て、でも上手くいかなくなって…だんだんと被害妄想…『俺が離婚したのはお前ら(私と姉)のせいだ!』私と姉は『はぁ~意味分からん』状態。だって私ほとんど兄の嫁と関わって無いやん!しかも離婚したの20年近く前!とにかくこんな調子で昔の事を毎度攻撃してくるので段々と話したりするのが嫌になって最後は一方的に兄が怒って喧嘩別れ!こんな事を書くといけないかもしれないんですが、亡くなった事は本当に悲しい気持ちと、どこかでいなくなって安心している自分(一方的に怒られることがなくなった)がいます。

 

亡くなったと同時に記憶はどんどん美化されて、しかも楽しかった思い出しか思い出さなくなってます。

 

兄が亡くなったのは私が乳がんの報告を両親にした翌日です。乳がんの手術は兄が亡くなってから4日後。親より先に亡くなるなんて順番間違えるのは本当に親不孝。兄が亡くなって一人でも辛いのに私までどうにかなったら両親の辛さは計り知れないなと… 

 

実は乳がんの手術も最初からそこまで怖くはなかったんですが、何故か兄が亡くなったのであの世に知り合いがいると思ったら、万が一の場合でも怖くないような気がしていたんです。とはいえ死にたくはないですよ!まだまだ生きたいですよ!

nyugan-survivor.hatenablog.com

 

肝心の介護の問題は、私の両親、義両親ともに健在です。色々と考えてはいますが、まだ介護が必要な状態ではないため、兄妹間での話し合いは出来ていません。自分の両親に介護が必要になれば正社員からパートにしてもらって月の半分は実家に帰るとか出来ればいいなと考え中!

 

自分の今の生活をあまり変えずに、両親の介護も出来る範囲で無理なく出来ればいいんですが… 介護で自分が潰れたら元も子もないですよね。

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